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メジャープロフェッショナル

安田真奈さん 1970年8月生
ショクギョウ:映画監督・脚本家
大学時代から映画を撮り始め、卒業後も年1〜2本映画を撮り続け、「OL映画監督」としてNHK、アエラなど、各方面に取り上げられる。2002年秋、退職して監督・脚本業に専念する。2006年10月には、和歌山の電器店を舞台にした上野樹里主演、本上まなみ、沢田研二出演の初の劇場映画「幸福(しあわせ)のスイッチ」を公開。自主制作映画は各地コンテストで入賞多数、グランプリ計6冠。「幸福のスイッチ」は日本映画批評家大賞にて主演男優賞・特別女性監督賞、おおさかシネマフェスティバルにて脚本賞・助演女優賞を受賞。

写真右上:和歌山の小さな電器店を舞台にした映画「幸福のスイッチ」の撮影での安田真奈監督

写真右下:2006年秋に劇場公開された、心温まる家族愛の物語「幸福のスイッチ」。キャストも上野樹里、本上まなみ、沢田研二、中村静香と超豪華。DVD発売中。

 


どこにでもある日常の
大事件がテーマ。


大学時代から映画を撮り始め、就職してからは10年間もの間、OLをしながら映画を撮り続け、数々の賞を受賞してきた安田真奈さん。どこにでもある日常を描いた等身大のストーリーが多くの人の共感を呼んでいます。


映画作りの面白さにハマった大学時代。
私が、映画作りに興味を抱いたのは、高校生の時に観た、森田芳光監督の『家族ゲーム』がきっかけでした。
中流家庭に家庭教師がくるだけという、ごく日常的な設定なのに、
メチャクチャ面白かったんですね。その時に、演出によって映画ってこんなにも、面白くなるんだって思いました。普通の日常生活が映画になることに、すごく衝撃を受けたんです。
それで、大学では映画サークルに所属し、脚本と監督を担当していました。仲間と趣味のような感じで映画を撮っていましたが、映画作りのおもしろさを知って、止まらなくなった感じですね(笑)。4年間で2?3分のものから30?40分のドラマまで、10本以上の映画を撮りました。

OL監督としての10年間の日々。
大学卒業後、大手家電メーカーに就職したのも、ごく普通の視点を大切にしたかったからです。約10年、OLをやりながら、休日や夏休みを利用して年に1〜2本の映画を撮り続けました。限られた時間の中で映画を撮るのは大変でしたが、作っていく過程で、スタッフ・キャストの力が結集されて、どんどん作品がいいものへと膨らんでいく、その瞬間が好きなんです。苦労なんて、吹き飛びますよ(笑)。
OLになって2年目に、学生時代に撮った映画が、『東京あきる野映画祭』で、グランプリを受賞したんですね。同窓会を通じて友情を描いた内容だったんですが、お客さんの投票でも1位に選ばれました。それがすごくうれしくて、これはもうやめられないと思いました(笑)。その賞を皮切りに、各映画祭に入賞し、計6つのグランプリを頂くことができました。
私のテーマは、新聞に載るような社会的な大事件ではなく、誰の中にでもあるような、個人の大事件がテーマなんですね。日常生活に密着した等身大のドラマが評価されたことが、うれしかったですね。

両立が難しくなり、ついに退職を決意。
OL監督として注目されるようになり、会社員6年目には、テレビ局からドラマ制作の依頼をいただきました。1999年に関西テレビプロデュースにより製作した、映画『オーライ』です。うわべだけの人間関係に慣れきったOLが、高校時代の友人と再会して深い友情に目覚めるという物語で、3つの映画祭で受賞しました。そのうち一つは、観客アンケート評価1位の賞だったのでうれしかったです。
そして2001年には、関西テレビ・吉本興業プロデュースで、遊園地にはお客様を楽しませる魔法使いが住んでいる、というファンタジードラマ「ひとしずくの魔法」を製作しました。
この頃から、映画製作が趣味の範囲を超えていき、同時に職場での仕事も次第に責任が重くなり、両立するのが難しくなっていきました。
また、脚本の依頼も入るようになり、限界を感じました。そこで2002年秋に思い切って会社を辞め、映像制作に専念することにしたんです。

監督&脚本家として大活躍。
メーカー退職後の初仕事は、テレビ東京『美少女日記』の中の4分間のミニドラマ「リトルホスピタル」(55話)の監督・脚本でした。4分間で軽くオチをつけ、それを連続ものとして55話成立させなければいけないのですが、もう大変でした。 撮影日にキャストが全然揃わないのに、月曜から金曜まで毎日の放映に必ず登場させなければいけない。キャストのスケジュール表を見ながら、撮れる脚本を書きました。一日に何話も撮ったり、東京での撮影と大阪での仕上げ作業に往復を繰り返したり、とにかく疲れたので、新幹線で金縛りになってました(笑) その後も、NHK中学生日記、楳図かずお原作実写映画「猫目小僧」の脚本などを担当させていただきました。

構想10年の初の劇場映画がついに公開!
2006年10月、私が10年もの間、構想を温め、脚本に3年間の時間をついやした、初の劇場映画「幸福(しあわせ)のスイッチ」をよくやく公開にこぎ着けることができました。和歌山の小さな電器屋さんを舞台に、父親に反発していた娘が、父親の思いと家族の絆に気づき成長していく姿を描いた物語です。
OL時代、販売促進部門で商品カタログや展示会などの企画をしていたのですが、店頭の意見を集めるために各地の電器屋さんを訪問しました。その際、店と客の人間関係が濃密で面白いことを知り、退職後3年かけていろんな店や関係者を取材して脚本を練り上げたのです。
電器屋は、客に鍵を預けられて留守中の修理を頼まれたり、工事が終わると晩ご飯を頂いたり、忘れられがちな人と人とのつながりがしっかり残っている仕事なんです。映画の舞台としてこんなに感動的なところはないと思い、監督魂に火をつけられた感じでした(笑)。
今後も、登場人物に感情移入できたり、共感できたり、何か生活の中にふと入り込めるような親近感を大切にしていきたいと思っています。映画を観た後に、気持ちが楽になったり、少しでも前向きになれるような作品を作り続けていきたいですね。

映画監督を目指す後輩へのアドバイス。
違う業界に進んで、「なかなか映像業界にいけない…ムダな回り道をしている」とストレスを感じる方が多いようです。でも、今自分のいる業界に関する映画を撮ったら、きっと誰よりも活き活きした作品ができるはず。
つまり、映像製作にとって「回り道」なんてないのでは?
今の生活の全て、今の仕事の全てを「ネタ拾い」と思って面白がって観察すると、自分にしか撮れないもの、絶対撮りたいものが見つかると思いますよ。
 
 
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