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語学業界>インストラクター> 日本語教師 |
瀬井陽子さん1980年生
ショクギョウ:日本語教師/フリー キャリアプロフィール:下着メーカーに勤めながら、語学学校に通い、日本語教育能力検定を取得。2006年タイの公立高校に日本語教師として赴任。教師歴キャリア1年。 |
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生徒たちの気持ちを分かってあげられる教師になりたい!
タイの高校で日本語教師をしている瀬井さん。まだキャリア1年の初々しい先生は、生徒たちにも大人気。しばらくはタイで教師を続け、ゆくゆくは、日本で日本語教師を目指す人たちを指導していきたいと、夢を膨らませています。 |
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>>きっかけ
大きな転機となった仲間との出会い。
私が日本語教師になったのは、奈良に住む外国人に日本語を教えるボランティア教室に参加したのがきっかけでした。地域の異文化の人たちと友達になれればいいなぁ〜という軽い気持ちで通っていたのですが、思っていた以上に、みなさんの日本語のレベルがすごく高かったんですね。聞かれることも文法の基本的なことで、よく分からない質問が多くて、これはマズイと思いました(笑)。ボランティアであっても、いい加減なことを教えるわけにはいかないので、日本語学校ではどんな風に外国人に日本語を教えているかを知っておいた方がいいと思い、通信教育で日本語教師の講座を受講することにしたんです。仕事をしながら課題を提出していくのは大変でしたが、学ぶからには、日本語教師の資格である日本語教育能力検定を取得したいと思い、その半年後には、通信教育と平行して資格検定のための講座を受けるために、語学学校にも通い始めました。学校で、同じ目標に向かって勉強する仲間に出会えたことが、うれしかったですね。資格を取るだけでなく、日本語教師を自分の仕事としてやっていこうと思うようになったのも、そんな仲間たちの影響です。資格を取るまで、毎週土曜日、1年間通いましたが、仲間がいたから、がんばれたのだと思います。
>>職業について
現地の言葉を覚えるのに四苦八苦。
資格を取得した後、会社を退職し、タイで日本語教師として働くことにしなりました。海外を選んだのは、国内では日本語教師の仕事だけでは、なかなか食べていくことが難しく、ほとんどの人が他の仕事と両立させていることを聞いていたので、需要が多く、教師の仕事1本に絞れる環境の海外でスタートすることにしたんです。派遣先は、中高一貫教育の公立高校でした。最初の頃は、教壇に立っただけでも、めちゃくちゃ緊張しました。クラスには40名の生徒がいて、マイクを使って授業をするのですが、もういっぱいいっぱいでしたね。事前に、ひと通りの授業用語はタイ語で調べていたのですが、生徒が反応してくれても、それに対応する語学力がなかったり、質問内容は分かっても、答えることができなかったり、今から考えると、本当に至らなかった授業だったと思います。学校に日本語が話せる先生が2人いらっしゃるのですが、その先生たちに授業に必要な言葉を教えてもらったり、生徒が発した言葉をメモしておいて、後でひとつひとつ調べたりしながら言葉を覚えていきました。
>>こんな苦労も
授業には欠かせない台本作りが大変。
赴任した当初は13時間の授業を担当していたのですが、そのうち文法を教える授業が2時間で、後は、「あいうえを」などの文字を教える授業と、タイ人の日本語教師の授業に付き添い、その先生が分からないところをフォローする役目をしたりしていました。一番大変だったのは、準備に時間がかかることでした。学生が持っている教科書に何が書かれているかをチェックすることから始まり、挨拶、「次は何ページを開いてください」というセリフまで、授業の段取りをすべてを書いておく、台本みたいなものも作るのですが、これを作るのにすごく時間がかかるんですね。 慣れない頃は授業以外のほとんどの時間を、準備に使っていました。今でも、1時間の授業に、4〜5時間は準備にかかります。でも、まだ未熟な私にとっては、台本は絶対必要なものなので、作らないわけにはいかないんです(笑)。私がタイの教科書に慣れるまでは、やり続けないといけない作業ですね。 >>エピソード
生徒たちのうれしい言葉で契約更新。
最初の予定では、1年だけタイで仕事をし、その後は帰国して、日本で仕事をするつもりだったんですね。だから正直、2年目の契約を更新をするかしないかで迷っていました。ちょうどそんな時、簡単な日本語を教えていた中学3年生の生徒に、「私は来年、高校生になったら何を勉強をするかを選択しないといけない。先生が来年も教えてくれるなら、私は日本語を選択する」って言ってくれたんですね。それが、もう可愛くて(笑)。他の何人かの生徒たちも集まってきて「先生、来年は?来年は?」って聞いてくれるのが、うれしくて…。「来年も私が教えたい!」と思って更新したんです(笑い)。 >>やりがい
生徒の成長が一番の喜び。
教師をやる前は、大手の下着メーカーに勤めていたのですが、その時には、私の存在は組織の中の歯車の1つでしかなかったと思います。物を作るにしても私が関われるのは、大きな流れの一部分でしかありませんでした。でも今は、イチから10まですべて自分で出来ます。その分責任も大きいですが、最初は「あいうえを」を書くのが、やっとだった生徒が、1年経って成長してくれていると、すごくうれしくて、大きなやり甲斐を感じます。自分のカラーが出せることと、自分の工夫次第で、結果がダイレクトに見れることが、この仕事の魅力だと思います。
>>最後に
分かってあげることが大切です
日本語教師にとって何より注意しないといけないのは、相手の立場に立って教えることだと思います。何度説明しても出来なかったり、理解してもらえなかったりすると、「なぜ分からないの?」と思ってしまいがちですが、私がタイ語を勉強するのにも、ものすごく苦労したんですね。それと同じで、まったく違う言葉を覚えるのはとても難しいことなんです。それを分かってあげることが大切だと思います。
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